「おめでとう」と「羨ましい」は共存していい。素直に喜べない自分を責めなくていい理由

もうすぐ春ですね。春になると、友人や知人から昇進や引越し、何らかの試験の合格など、いわゆる「おめでたい知らせ」を受け取ることが増えてきます。新しい環境、新しい挑戦、新しい人生の節目。そんなニュースに触れると、こちらまで明るい気持ちになることも多いものです。

けれど、友だちや知り合いからの「おめでたい報告」を受け取ったとき、「おめでとう!」と思いながらも、その直後に胸の奥がきゅっと縮むような、言葉にしづらいモヤモヤを感じたことはありませんか。

友だちが結婚したり出産したという報告を聞いて、嬉しいはずなのに、なぜか素直に喜びきれない。心から祝福したい気持ちはあるのに、同時に「羨ましい」とか「ずるいな」という思いが湧いてしまう。

そんなモヤモヤしている自分に気づいて、「私って性格が悪いのかな」と自己嫌悪に陥ってしまう人も少なくないかもしれません。

この記事では、臨床心理士・五味佐和子が心理学やカウンセリングからの視点で、このモヤモヤの正体と、上手に自分の気持ちと付き合う方法を紹介します。

この記事を書いた人

五味佐和子

臨床心理士・公認心理師/ヨガ講師 国際基督教大学心理学卒業/英カンタベリークライストチャーチ大学大学院修士 心療内科、精神科でのカウンセリング経験、企業でのEAP(従業員支援プログラム)と教育研修(ストレスマネジメント、コミュニケーション等)の企画と実施、NPOでの就労支援など様々な場面で臨床経験を積み、現在はホリスティックヘルスを支援するヘリックスセンターを主宰し、対面とオンライン両方でカウンセリング、ヨガ指導を行う。 専門であるサイコシンセシス(精神統合)をベースとし、クライアントの多層的な心の世界を大事にしている。

目次

自己嫌悪は心が健全な証拠

実はこのモヤモヤ反応は、心理学やカウンセリングの視点から見ると、とても自然なものです。決して珍しい感情ではありませんし、むしろ人の心が健全に働いている証とも言えるものです。

そもそも私たちの心は、とても多層的にできています。表面には「祝福したい」「喜んであげたい」という社会的で成熟した気持ちがあります。相手を大切に思う気持ちや、人の幸せを分かち合いたいという思いです。

その一方で、もう少し深いところには、「自分もそうなりたい」「自分はどうなんだろう」という個人的な願い不安が存在しています。私たちは皆、それぞれに人生の希望や理想、そしてまだ実現していない夢を持って生きています。

友人の幸せに触れたとき、表面の祝福の気持ちだけでなく、こうした個人的な願いや不安も同時に刺激されます。すると心の中では、「嬉しい」と「羨ましい」が同時に動き始めるのです。

心理学では、このように相反する感情が同時に存在する状態を「両価性(アンビバレンス)」と呼びます。

モヤモヤの正体は隠れた願い

私たちはつい、「良い感情か悪い感情か」「祝福か嫉妬か」と自分の気持ちを、白黒はっきりさせたくなります。しかし実際の人間の心は、それほど単純ではありません。むしろ、複数の感情が同時に存在することのほうが普通なのです。

嬉しいけれど寂しい。応援したいけれど羨ましい。祝福したいけれど焦る。こうした複雑な感情は、人が他者と関わりながら生きている限り、誰の中にも自然に生まれるものです。

ですから、この「モヤっとした羨ましさ」の正体は何かというと、それは「自分の中の隠れた願いや欲求」が刺激されているサインなのです。

例えば、友人の結婚にモヤっとする人は、「自分も誰かと深く結ばれたい」「人生を共にするパートナーがほしい」という思いを心のどこかに持っているのかもしれません。友人の出産に複雑な気持ちになる人は、「自分も家族を持つ人生を想像している」のかもしれません。

つまり羨ましさとは、単なる嫉妬ではなく、自分の内側にある、まだ自分でも気づいていない願いを映し出す鏡のようなものなのです。

気持ちを無理に押し込めてはいけない

スイスの心理学者のカール・グスタフ・ユングは、人の心には「まだ十分に生きられていない自分」が存在していると考えました。その視点からは、誰かの幸せに触れて心が揺れるとき、それは自分自身の中にある「まだ生きられていない人生の方向」「これから生きたい人生の方向」を照らし出す瞬間でもあると言えます。

また、イタリアの心理学者のロベルト・アサジオリは、人の心は一つの統一されたパーソナリティーがあるのではなく、「部分(サブパーソナリティ)」が集まってできている考えました。ある部分は友人を心から祝福し、別の部分は羨ましさを感じ、さらに別の部分は焦りや不安を抱く。そのどれもが、その人の心の一部なのです。

問題なのは、羨ましさを感じることではありません。むしろ「そんな気持ちは持ってはいけない」と無理に押し込めてしまうことのほうが、心には負担になります。

感情を否定してしまうと、それは心の奥に押し込まれ、別の形で現れることがあります。例えば、友人の幸せを素直に祝えなくなったり、距離を取りたくなったり、自分自身を必要以上に責めてしまったりすることもあります。

自分の気持ちを認めることの大切さ

だからこそ大切なのは、「羨ましいと思っている自分」に気づき、その存在を認めることです。

「今、私は少し羨ましいと感じているんだな」
「それだけ、自分の人生にも大切にしたい願いがあるんだな」

このように、自分の感情を静かに見つめてみると、心は少しずつ落ち着いていきます。興味深いことに、人は自分の感情を否定しなくなるほど、他者を祝福する余裕も生まれてきます。羨ましさを感じている自分を受け入れたとき、「それでも友人の幸せは嬉しい」というもう一つの気持ちも、自然と立ち上がってくるのです。

「羨ましい」と「おめでとう」は、どちらか一方を選ばなければならない感情ではありません。それらは同時に存在してもいいものなのです。

モヤモヤは人生の羅針盤

むしろ、その二つの感情のどちらも認めて共存させているとき、私たちは自分全体を生きている、健康な状態にいます。他者の幸せを祝福できる優しさと、自分自身の願いを大切にする正直さ。その両方が同じ心の中にあるからです。

もし友人の幸せに触れてモヤっとした気持ちが生まれたら、それは「あなたの人生にも大切な願いがある」というサインかもしれません。その気持ちを責めるのではなく、そっと受け止めてみてくださいね。

モヤモヤを、まだ実現していないこれから生きたい人生の方向を教えてくれる、あなたの内なる羅針盤にできた時、その先にはより生き生きとした人生が待っていることでしょう。

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